「シルバージュエリーの美と文化展」ミキモトギャラリー

2010年6月18日

銀座ミキモト本展6階のミキモトギャラリーで、東アジアから西アジアまでの銀製ジュエリーを集めた展覧会が行われている。180点ものジュエリーの目を見張る造形は「なぜ、人がジュエリーを身につけるのか?」という問いをあらためて考えさせる。いわゆるエスニック・ジュエリーなのだが、比較的民族学的な視点から関心を持たれてきたアフリカやネイティヴ・アメリカンのジュエリーをあえて外して、アジアのジュエリーに絞っていることで見えてくることも多い。私にとっても多くの教えをいただいた恩人である企画者の日本宝飾クラフト学院露木宏理事長の視点はたいへんに明快かつ示唆に富んでいて、広範囲のジュエリーを紹介しているにも関わらず、初めて目にする人にとっても理解しやすいものであろう。大英博物館に行っても見られる内容ではない。入場は無料なので、足を運んでもらいたい。30日まで。

http://www.mikimoto.com/jp/events/events_079.html

スペースとストーリーの関係から日本を割愛したことやマハラジャのジュエリーやトプカプ宮殿にあるような宝石のジュエリーが外されている理由は分かりやすいが、清朝やモンゴルなどの中国・旧ソビエト各国のジュエリーが抜けているのは歴史/イデオロギーのために失われたのであろうか。機会があったら伺ってみたい。(関)

フィリップ・シェエール シャンティエ・ポエティック・イン・プログレス ―ダンス、ハンディキャップ、建築と空間性―

2010年6月9日

日曜日に森下スタジオでフランス人振付家フィリップ・シェエールが東京での二回目のワークショップを行うというので、ちょっとだけ顔を出した。第一回目は東京都現代美術館の屋外部分でやってもらったが、簡単な指示からつぎつぎと新しい動きが生み出される様はとても興味深かった。フィリップはハンチントン病患者とダンスを結びつけることをテーマとしており、ワークショップはプロのダンサーと疾患を持った方々とが入り交じった形で進められる。インプロビゼーションを中心にしたプログラムは美術館にきた観客が自然に眺め入る良い風景をつくり出していた。

ちなみに東北芸術工科大学では副学長で美術家の宮島達男さんや教授の舞踏家森繁哉さんとの共同授業などもおこなった。

http://www.tuad.ac.jp/newsevents/topics/newpage_20100520_121312/

今月の20日には再び現代美術館に来て、シンポジウムとワークショップの成果をまとめたパフォーマンスを披露してくれる。(関)

AIT(アート インタラクティヴ東京)の解散を惜しむ

2010年6月8日

学校やレジデンスをやっているもうひとつのAIT(アートイニシアチブトーキョー)のことではない。AIT(アート インタラクティヴ東京)は、元東京国立近代美術館工芸館の樋田豊次郎さんが中心となって立ち上げた、主に工芸系のアーティストの団体で、展示やネット上のアーカイヴ、セミナーなどを行っていた。私も今年の3月に中島俊市郎さん、小西潤さんと「奇数月セミナー」でトークをさせていただいた。(このとき中島さん、小西さんは車で金沢からかけつけてくださいました。ありがとうございました。)樋田さんは倫雅美術奨励賞受賞「素材の領分」展(1995年)の企画など、ほんとうの意味での新しい工芸に言葉を与えてきた学芸員/批評家であり、AITには樋田さんを慕う多くのアーティストが会員となり、意欲的な活動をしていた。私たちのトークのときにも多くの会員の方が集まっていただき、会場は満員で熱気があった。会員の方々は樋田さんと同年代から、それ以上の方々が中心だとは思うが、40代になったばかり、あるいはそれ以下の若い世代も少なくなかったので突然の解散には驚いた。残念だが、違った形での展開を期待したい。(関)

小山泰介~横山裕一

2010年6月6日
「MOTアニュアル2010:装飾」のカタログ用に作品写真を撮ってくれた小山泰介くんの個展が開かれたので恵比寿のG/Pギャラリーを訪れた。ちなみに森美術館から麻布十番まで歩いて「渋谷行き」のバスに乗って広尾一丁目バス停から、gallery deux poissonsで中島凪さんの展示に立ち寄ってから行ったが、けっこう時間ロスの少ないルートで良かった。都バスは90分以内だと乗り換え割引があるようなので、このルートで山本現代などに立ち寄るのもいいかもしれない。
小山くんの作品はとにかくダイナミックで心地よい。「Melting Rainbows/Starry」と題された今回の展覧会も大判にプリントした作品が並んでいるので、まずはギャラリーが色彩で満たされていてうれしくなって、ディテールをながめてうなる。レインボーカラーの作品も見ていて飽きないが、単色の作品も引きこまれるところがある。楽しみの一つはどのように撮られたかを謎解きすることだ。夜空を思わせる新作のシリーズもあるのだが、これはさすがに想像がつかなかった。
本日は、川崎市民ミュージアムの横山裕一展に行く。「心洗われる」と言ったら、奇妙だろうか。展示はペインティング/ドローイングと「ニュー土木」や「トラベル」などの原画で構成され、空間自体を簡潔にしてひろびろと見せているのだが、間延びするところはない。とにかく入り込めた。それぞれのコマが、非常に完成度の高い構図になっているので、この人が映画を撮ったらすごいだろうなぁと思って、作品を映画化するところを想像すると細かい描写をしながらも、コマ間の時間経過が飛んでいる(見ているときは不自然に感じない)ので、けっこうな長さの映像になりそうだと気がつく。これが、タイトルの「わたしは時間を描いている」というゆえんなのだろうか。イメージが壮大なので、マシュー・バーニーを越える莫大な費用がかかりそうだが、映像化されて、その時間の中に身を置いてみたい。私にとって、本年暫定一位の展覧会。(関)

小山市立車屋美術館つづき

2010年6月4日
先日、伺った小山市立車屋美術館で「HANA」展を企画をされた中尾英恵さんからメールをいただいた。そのなかで興味深かったのが、寄神くりさんの作品についてのくだりであった。寄神さんはこの展覧会で、タピスリーの作品を出品しているが、私は展覧会に行く前にカタログを見た時からこの作品がかなり気になっていた。日本にもこういうアプローチをする人がいるのだなぁと感心したのである。どこに感心したかというと、タピスリーという物質にそなわる日常的な記憶を導き出す要素をうまく作品に取り込んでいるところであり、こうした手法はあまり日本で見ることはないような気がする。絵画や彫刻はそれぞれ物質ではあるには違いないのだが、素材そのものにパーソナルな経験を導き出すような性質が備わっているわけではない。プラスチックや100円ショップで売られているような素材を使う作家は少なくないが、そこからはエモーショナルな触覚体験を呼び起こすことはできない。これは石や木や葉っぱというような自然の素材をそのまま持ってくるということとも違うのだ。中尾さんからは、タピスリーは、工芸やデザインの要素が強いから美術作品として捉えるのが難しいという意見をいただくことがあるが私がどう考えるかというものであったが、寄神さんの作品は(多くの人が工芸やデザインという言葉から連想するような)技巧的で洗練された美しさを追求している訳ではないだろう。イメージを記号化し(これはタピスリーの持つ民族的な要素やヨーロッパで言えば中世の作品を連想させる効果もある)、そしてそのイメージ同士があえて連動しないように抑制された配置をするなどかなり巧妙な仕掛けもある。経歴を見るとオランダで学び、パリで在住とある。納得するところもあるが、ヨーロッパでも十分に個性的と評価されるであろう。(関)

山川冬樹《the Voice-Over》

2010年5月25日

山川冬樹さんが東京都現代美術館の常設展解説ボランティアの皆さんのために話をしてくれるというので、同席させてもらった。山川さんの《the Voice-Over》を初めて横浜国際映像祭で観たときに、そのプライベートな性格=普遍性と編年的に社会事象=社会的な訴求力とを重ね合わせた力強さにパブリックな美術館で見せるべき作品だと思った。その後、東京都現代美術館の収蔵となり、今期のコレクション展示に出品されている。この作品は学生時代から幾度かリメイクされてインスタレーション作品となったことやその他の作品/活動をデモンストレーションを交えて話してくれた。作品と同様に、なにかをしようとする人という印象を強く受けた。(関)

P2Gギャラリー(馬喰横山)・ORIZZONTI展

2010年5月25日

仕事を早く切り上げて、石田明里さん、墨屋夕貴さん、加藤果鈴さんの三名によるグループ展を見に行く。ジャンルを超えて尊敬を集めるイタリアのジュエリー・アーティストにジャンパオロ・バベットがいるが、石田さんは彼に師事している。ちなみにジャンパオロの作品は丸ビルのホール床でもコミッション・ワークを見ることができる。もちろん石田さん自身も鮮やかな色彩のフェルトを使った個性的な作品で海外でも評価が高いのだが、私は特に有言実行な姿勢に共感する。今回も「アーカイヴ化していかないとやっていたことが消えてしまう」と展覧会カタログを出版。これからもORIZZONTIとして三人展を続けていくという。

ちょっと長居してしまったために、上野の森のジュエリー・アート展は別の日にのぞくことにする。(関)

※「Orizzonti」展は終了しました。

PLATFORM2010 寺田真由美-不在の部屋/若林砂絵子

2010年5月19日
練馬区美術館の「PLATFORM2010 寺田真由美-不在の部屋/若林砂絵子-平面の空間」を見に行った。寺田真由美さんとは「下着シリーズ」の頃にお会いしたことがあるが、その後の作品についてはよく知らなかった。今回の展示は、作家自身が作ったミニチュアの室内を撮影した写真のシリーズで、窓からは実際の風景が覗く。画面は美しく、リリカルだが、室内には生活をうかがわせるものはなく、それが見る者に一種の不安を呼び起こす。作家自身によればそれは「不在」を暗示しているのだという。充実した連作だと思う。
一方の若林砂絵子さんとはおそらく画面上の「空間」という主題において結び付けられているのだろう。こちらも充実した作品が並ぶ。作家の技巧が優れている故に-抽象の油彩画
-というモダニスティックな表現に、かえって空間に対する独特な視点を見逃しまいがちになった自分に気がつく。モダン・アートの表現から現代性をいかに引き出すかは、作家と企画者の双方に問われる課題だ。
美術館が成果を求められるようになって、集客力のある大家か、事業の実施意義が分かりやすい若手作家の二極に企画が集中する傾向が顕著になってきている。充実した制作活動と業績を紹介し、また新たなクリエイションを生みだす場として、本当の意味で美術館レベルの大きな展示空間が必要とされているのは30代後半~50代の作家であるのだが、現実はこの点を美術館は十分にフォローできていない。もちろんグループ展という方法はあるが、これも個展に比べて意味を伝えにくく、結果として集客という点でも劣るため、体力のない美術館には難しいという現実がある。
そうした意味で練馬区美術館で始まったこの「PLATRORM」というシリーズが、特に中堅作家を紹介していこうとするのであれば注目していきたい。もともと見る側には、最新の潮流を追いかけることはある人にとっては楽しみであったとしても、義務ではない。この展覧会の宣言文でいみじくも述べているように「”自分という実感”を新たな角度で考える」、つまり自分に響き合う表現をみつけることが喜びのはずだ。数字ではない作品と観客の対話を生み出すためには、この展覧会のように上質さが必須であり、私たちはそれを評価する言葉を持っていきたい。(関)

ICC オープン・スペース2010

2010年5月16日

写真左より写真を撮っている山口絵美さん、野老朝雄さん、鳴川肇さんご夫妻

初台のICCで、フリースペースの展覧会「オープン・スペース2010」がお披露目になった。MOTアニュアル2010に参加してくれた野老朝雄さんは以前より手がけていたモアレのシリーズをブラッシュアップした新作を発表。比率を変えたスタディーを繰り返し、モアレのつくり出す動きが驚くほどダイナミックになった。展覧会には野老さん以外に、グレゴリー・バーサミアン、岩井俊雄、イェンス・プラント、平川紀道、ゲープハルト・ゼンクミュラー+フランツ・ビュッヒンガー、藤幡正樹、クワクボリョウタらが参加している。どの作品も彼らの豊かなウィットが光る。キュレーションは同館の畠中実さんが手がけたが、展覧会全体が「メディア・テクノロジーの考古学」とよぶ基本的な原理とその応用を歴史的にたどりながら、現代の表現と巧みに結びつけられている。こどもから大人まで楽しめる内容なのだが、一貫してメディア・アートと作家それぞれへの愛情と尊敬が感じられることがなにより心地よい。無料だし、こんどはこどもを連れて行ってみよう。
レセプションでは、藤幡正樹さんのとても良いスピーチがあった。「メディア・アートとメディア芸術」、「観客の読み解く義務」など重要なキーワードが出てきたが、これについては別の機会に書きたい。(関)

類家心平×ハクエイキム

2010年5月12日

MOTアニュアル2010のクロージングで演奏してもらった類家心平さんを聞きに行く。ピアノのハクエイキムさんとのデュオだ。2人の演奏は、いわば映画のよう。つぎつぎと異なったイメージが挿入され、それが大きなストーリーをつくり出す。ドラムやベースのない構成がかえって、展開におけるクリエイティヴィティ際だたせていた。久しぶりにジャズで新しい刺激を受け、尊敬を持って聞くことができた。(関)